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東京地方裁判所 昭和32年(ヨ)4077号 決定 1958年5月12日

申請人 代島広一

被申請人 日本精工株式会社

主文

申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一  申請代理人は「主文第一項」と同趣旨の仮処分命令を求めた。

二  申請人は昭和二八年一〇月被申請人(以下、会社という。)多摩川工場に臨時工として雇われ、昭和三〇年一月本工となつたが、会社は昭和三二年八月二三日申請人に対し就業規則第五六条第四号所定の氏名または経歴を詐わり、その他不正な手段によつて雇い入れられたときに該当する事実があるとして、解雇(いわゆる懲戒解雇)の意思表示をしたことは当事者間争ない。

三  疎明によれば

(一)  昭和二九年末会社の事業縮少に伴い臨時工の整理が行われた際、申請人はその対象とされたが、遠縁に当る溝部五郎(当時富士銀行大阪支店長)の紹介により会社監査役千家活麿の口添を得て本工に採用されたこと。

(二)  昭和三一年四月頃会社多摩川工場長中地正が千家を通じて溝部に申請人を退職させるよう申入れ、

その結果

(1)  昭和三一年五月中旬頃右溝部家の家人から申請人の母親に対し千家より溝部に対する話として、「申請人は工場内の友人を連れて山に行き歌声運動をしたり、組合内で演劇部を主宰したりして盛んに思想的な活動をしている。会社では申請人のような共産主義思想の者を置いておくわけにはいかない。」という話があつたから、溝部の立場も困るので申請人に会社をやめさせるようにとの話があり、

(2)  同年六月溝部家の家人から申請人の母親に対し、溝部の話として「会社では申請人を赤いとしているのであるから、どうしても置いておくわけにはいかないとしている。解雇にでもなると本人の将来のためにならないから辞表を出すように。」との話があり、

(3)  その後半月程して右家人から申請人の両親に対し、溝部の話として「溝部の立つ瀬もないし、千家も困るから、申請人をやめさせてほしい。会社の多摩川工場は労使間に紛争のないよい工場であるから、申請人のような思想の持主によつて容易にかきまわされてしまうので、会社としては申請人のような者を絶対に置けないとしている。申請人が会社をやめても当座困らないように一〇万円やるから」との話が伝えられ、その際現金一〇万円を提供され、

(4)  その後右家人から申請人の会社に提出した履歴書にも何かおとしたところがあるという話があり、

(5)  同年七月溝部より申請人に対し、申請人のしている演劇活動を会社はきらつているし、自分の立場もまずいからやめてほしいという話があり、

(6)  同年八月頃溝部、千家の両人が二回にわたり申請人宅に赴いて申請人に退職をすすめたが、その際申請人の父親に対し、千家から「申請人は経歴も詐称しているし、共産党員だからどうしても会社をやめさせて貰いたい」との話があり、溝部からは「申請人には月々一万円くらい学費を見てやるから、学校へ行つたらどうか。父親に対しては当時負傷療養中であるから一〇万円をさし上げる」という話があつたこと

(三)  以上何れの話も申請人が断つていたところ、昭和三二年八月になつて、前記のとおり申請人は懲戒解雇となつたこと

の諸事情が認められる。

四  以上の諸事情から見ると、千家が溝部に申し入れた申請人の退職を求める理由のうち、会社として最も強く強調したものは申請人が共産主義思想の持主であることにあつたものと認めるのが相当である。

被申請人は、申請人の思想の問題の如きは工場長より申し入れた申請人に対する退職勧告の理由には関係がなく、溝部が附加したものにすぎないと主張しているが、溝部は当時富士銀行大阪支店長の地位にあつた人であるから、同人が会社の退職要求の理由としていないことまで附加したものとも、また会社側の退職を求める真意を誤解したものともたやすく考えられないところである。

溝部が退職を肯えんじない申請人に手をやき、また会社に対しては立場に窮して何としてでも申請人を退職させるために途中から話に尾ひれがついたというのなら、会社の意図しなかつたことまでいつたということも考えられないわけでもないけれども、溝部ないしその家人の話は、前記認定のとおり当初から申請人のいだいている思想を問題としているのであるし、また申請人には当然解雇に価する程度の経歴詐称があると当初から関係者間に思われていたのであれば、溝部から申請人側に真先にその話が出そうなものであるし、またいかに溝部が会社に対し責任を感じたからといつて、申請人を退職させるために一〇万円を提供したり、学費の面倒までみようとの申出をするとも思われないので、矢張溝部に対する会社側の申請人を退職させるようにとの要求は、何よりもまず申請人の思想を問題としていたと認めるのが相当であつて、右認定に反する疎明は、当裁判所は採用しない。

五  会社のいう申請人の懲戒解雇の理由は「申請人は昭和二七年五月から同年七月までの約三ケ月間鈴木鉄工所という事業所に、同年一〇月五日より同年一二月五日までの二ケ月間瀬下製作所に昭和二八年八月二四日より翌九月一二日までの一九日間日立製作所亀戸工場に勤務していたのにかかわらず、会社に提出した履歴書に職歴なしと記載したこと」にあつて、右職歴中「鈴木鉄工所」以外の点は当事者間争なく、「鈴木鉄工所」の職歴については会社が右のとおりに考えたことも根拠のないわけではないが、前記認定の諸事情から見ると、会社は申請人が右の職歴を履歴書に記載しなかつたことを解雇の決定的理由としているのではなく、申請人が共産主義的思想をいだいていることを解雇の決定的理由としていると認めるのが相当である。

六  以上のとおり、会社は申請人が共産主義思想をいだいていると考えたが故に解雇したものであるから、右解雇の意思表示は、労働基準法第三条に違反し無効というべきである。

七  申請人に対する解雇は無効であり、申請人はなお会社の従業員であるのにかかわらず、会社は申請人を従業員として扱つていないので、申請人としては身の処置に窮し重大な不安にさらされているものと認められるから、主文第一項の仮処分をする必要があるものと考えられる。

八  よつて申請人の申請を相当と認め、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 伊藤和男)

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